医療の発達によって「失った」あまりにも大きすぎるもの

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医療の発達。

これによって、日本人の平均寿命が飛躍的に伸びた。

素晴らしいことだと思う。

でも、それによって日本人の大切なものが失われたと思う。

それは、「道徳」

医療の発達によって、人は簡単に死ななくなった。

本来、生物が「生き死に」を操れるものではないのに、大概のものは操れるようになってしまった。

正確に言えば、死ぬことの先延ばしたが、人類はそれだけ凄いものを手に入れてしまった。

本来死ぬ運命だった人が、生きている。

身近だった死が縁遠いものになってしまった。

人は、死を感じて初めて生きる意味を考える。

人生には逆らえない大きな何かがあることを知る。

だから、今生きるていることに感謝をする。

周りの人に感謝する。

今、生きていることが当たり前じゃないからね。

生きていられることが幸せものだと感じる。

人は自分の無力感を感じ、人と協力するようになる。

大事な人を失って、医者を志す人も多くなる。

一方で、現代社会で死を感じることは珍しくなった。

特に、自分にとって大事な人が死んだ経験があるひとは、確率論的にはほとんどいない。

死を感じたことがなければ、当然生きる意味についても考えない。

その場の快楽に流されるようになる。

人は自分の利益を主張して争うようになる。

生きる意味を見出せないのは、現代病と言ってもいいだろう。

若者が将来に期待を抱けないのは、経済的不安があるわけではない。

生きる意味を見出せないから。

生きる意味を見出せななければ、その人にとっての生きる希望は見いだせない。

だから閉塞感が漂う。

医療は今の水準を意地すべきだと思う。

その対策として、教育を変えないといけない。

教育者が子どもに対して「死」とはなにかを教えてあげないといけない。

これは、教育によって十分代替が可能なもの。

もしくは、たくさんの農業体験をさせること。

農業体験によって、人は自然と生きる意味を悟る。

欲ではない大切な何かを学ぶ。

「生きる意味」がない人にとっては人生はどうしても辛くなる。

だから、教育によって「死」とはなにか、「生きる」意味はなにか教えてあげないといけないよね。

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notoya

新卒入社した企業でオウンドメディアを5カ月で8000PVから20万PVに伸ばす。 アフィリエイターとして独立をして、立ち上げ5カ月で37万PV。 今はwebマーケティングのコンサルをしていて、クライアントのニーズに合わせて、戦略立案から運用、仕組み化まで幅広く対応。 特に、コンテンツマーケティング、スタートアップは得意分野です。 ご相談は こちらから
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