努力が報われるという幻想

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努力。

頑張れば報われる信仰がこの国にはあるじゃないかくらい、努力すること、頑張ることを社会全体が推奨をする雰囲気がある。

プロ野球より全然レベルが低い高校野球に人気があるのは、この頑張れば報われる信仰にあると思う。

頑張れば報われる信仰って2つの問題点があると思う。

それは以下の2つ。

人に押し付ける

報われない場合の不幸感

まず1つ目の人に押し付けるだけど、頑張っている人にとって頑張らないのは不愉快なもの。

「なんで私だけ頑張っているの??」

「上司の俺が頑張っているのに、お前が努力しないのはおかしい」

って言うように、努力しない奴にイライラしてしまう。

これが積み重なると、努力しないといけない空気になり、頑張ることを人に押し付けるようになる。

これがブラック企業を作る構造なのだ。

この努力するのを人に押し付ける社会ほど、生きにくい社会はない。

2つ目が報われない場合の不幸感。

この不幸感は尋常じゃない。

努力すれば報われるって信じてたんだから。

努力すればするほど不幸になっていく。

この報われない感はやがて嫉妬、そして憎悪に変わる。

私は努力しているのに、努力してないあいつがなんで報われるの

ってね。

だから、日本って嫉妬社会なんだよね。

報われない努力をしている人が多いんだよね。

そもそも頑張れば報われるっていうのは、幻想だ。

大事なのは、努力の方向性だ。

「100メートル走のタイムを上げるのに、クロールの練習したってタイムは縮まらない」

いやいや、100メートル走るのにクロールの練習しないでしょって思うかもしれないけど、それくらいずれた努力をする人が多い。

結果を出す人っていうのは、走るための筋力をしっかり増強している人が結果を出すんだよね。

努力=結果

じゃない。

努力の量×質=結果

なのである。

それなのに、努力=結果だと思いこんで努力する人が多くいるのは非常に残念なことだ。

努力の質がよくなければ、いくろ努力したところで報われないし、むしろ努力すればするほどその人や周りにいる人は不幸になるということを忘れてはいけないと思う。

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